本当は6月5日に書こうと思っていた内容だが、遅くなってしまった。生まれて最初に行った外国は印象に残るものだと思うが、私の場合は中国。人民のパワーと好奇心を感じた国、そして、何より「大陸」とスケールの大きさを感じた国。
そんな国で起きた事件だったので、1989年当時も4月頃から天安門に集まる学生の動向が報道されると、そのニュースをフォローし続けていた。胡耀邦が亡くなり追悼集会を開いた学生が民主化を要求し、天安門で集会を開き、ストライキを起こし・・・と拡大の一途をたどった。中国政府が過激なことをしなければよいがと心配していたが、心配が現実になった。それが、天安門事件。学生ほか市民の大勢が亡くなった。(中国政府の発表が319人ということだから、その倍(10倍?)は亡くなっているかもしれない。)
胡耀邦の後任で総書記の地位にあった趙紫陽が、学生に同情的な発言をし失脚したことも、印象に残っている。
なぜこのコトを書こうと思ったかというと、「天安門事件15年」という囲み記事を読売新聞で読んだからだ。当時メディアによく登場した二人の学生リーダ、紫玲(サイレイ・女性)、ウーアルカイシ(男性)などが今何をしているかという情報も掲載されていた。紫玲さんは、今アメリカでネット関連会社を経営しているそうだ。
関連情報
天安門事件 - Wikipediaの解説
天安門事件 - 現代中国ライブラリの解説